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シンガポールのサッカー八百長事件 - その1 - | シンガポール情報局

シンガポールのサッカー八百長事件 – その1 –


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http://www.invisible-dog.com/match_fixing_eng.htmlより

シンガポールサッカー八百長スタイル -その1-

シンガポールを基盤とする八百長シンジケートを嵐のように襲ったのは北京の蝶ではなかった。それは無謀なイタリアの第三層リーグのゴールキーパーだった。2010年11月、クレモニーズとパガネーズはクレモーナのジニ・スタジアムで対戦した。前半戦の後半、現地チームのクレモニーズは2得点リードで完全に優勢にあると思われた。しかし残り45秒、フィールドに戻ったクレモニーズの選手たちは頭痛と混乱状態に直撃されたかのように見えたのだ。 イヴァン・ギジは地元ラ・プロヴィンシア新聞のリポーターである。彼はその日のことをこう語る:“選手たちはフィールドに戻ってきたのですが、呆然としているようでした。彼らの反射力は低下していて動きも遅くなっていました。簡単な事が極めて困難であるかのように見えたのです。”チームの医師と話した後、ギジはすぐにクレモニーズの何人かの選手たちを襲ったミステリアスな病状についての記事を発表した。 試合の終了時、クレモニーズのチームマネージャーはこの事態を警察に報告することに決めた。幾つかの仮説が考案された:元従業員の復習、欠陥エアコンディショナー、賞味期限切れのドリンクや食べ物。しかし、選手三名を含めた四人のスタッフの血液検査を行い、鎮静作用に効果のあるロルメタゼパムが検出された時点で、このストーリーはあらたなるツイストに突入したのだ。 調査員達はクレモニーズ陣内の調査を開始した。彼らは選手たちの電話会話を盗聴して彼らのプライベート生活を調べた結果、警察はチームのゴールキーパーのマルコ・パオロ二に注意を集中した。パオロニ、28歳はクレモニーズに2シーズン所属していた。幾つかの上層リーグのチームは彼を将来の契約候補としてモニターしていた。 調査でマルコ・パオロニはあまり運のないギャンブラーであった事も浮上したのだ。電話会話はパオロニがイタリアの賭博人からなる異質グループ:アンコナ出身の歯科医師、バリ出身の元サッカー選手、ペスカーラ出身の賭博エージェンシー等と続く、に借金があったことを明らかにした。彼らは自分達の金を返して欲しがっていた、それも今すぐに。マルコ・パオロニはそのグループに借金の肩代わりとして、グループが賭博で儲けるために彼のチームの試合を八百長することを彼らに約束していた。彼らは単に最終結果に金を賭ければいいだけだった。 マルコ パオロに

(写真) マルコ・パオロニ -Marco Paoloni

結局、既にパオロニは過去に八百長を行なっていた。2010年10月のラ・スペジアとの対戦、残り数分で彼のチームがリード、マルコ・パオロニはドロップボックスの端に飛んできた緩やかなボールをワザとキャッチしなかったのだ。対戦相手のアッタカーはゴールキーパーにアプローチする時間があった、その緩やかなボールを横取りし、ゲーム終了寸前の同点ゴールのため、空のゴールの前に立つチームメイトにそれを送ったのだ。数分後、パオロニは審判の顔を殴るというパフォーマンスでレッドカードを演出に追加した。 私達はマルコ・パオロニに電話で連絡をとった。彼はインタビューに金を要求してきたので私達は断った。他の仕事仲間がその要求に応じることにした。パオロニは私達が聞きたいことを全て話すつもりであると明言した。 クレモーナ法廷文書はマルコ・パオロニは彼自身のフィールドでのパフォーマンスを偽造演習しただけでないと主張している。彼は彼が直接関わっていない試合を八百長するために他のチームの選手たちにもアプローチしていたと主張している。彼は基本的にエージェントの役割を務め、彼の借金取り達は彼の資金提供者達でもあったというわけだ。彼らの役割は贈賄金と用意された結果に賭ける資金を提供することであった。 エージェントと呼ばれる堕落した選手たち、資金提供者達とギャンブラー達、もしこれが八百長の基本的循環メカニズムであるとすると、イタリアの警察はどれほどまでにイタリアのフットボール界が堕落していたか、そして現在も堕落していることに狼狽することになったのである。 元バリ・フットボールクラブのキャプテン、アントニオ・ベラビスタは拘束されている者リストの中でトップに挙げられていた。彼は八百長、選手たちへのアプローチ、賄賂の誘い、及び用意された試合に賭博する罪で告発されている。私達はイタリアの最南、ビトントにある彼のフットボール・スクールで彼に会った。何回かの人工的な5人制フットボールピッチの合間にベラビスタは資金提供者達が八百長試合に支払うリーグ別価格のリストを説明した。“レガ・プロ試合(イタリアの第三層リーグ)は40,000 ~80,000ユーロ、セリエBゲームは60,000 ~120,000ユーロ、そしてセリエAの試合は250,000 ~400,000ユーロである”とベラビスタは語った。 ベラビスタは外国人グループ、主にイタリアで八百長に関連していたイースタン・ヨーロッパとバルカン人達とも連絡を取り合っていた。彼らはジプシーと呼ばれていた。調査員達はこのグループが試合の前日、チームと同じホテルに滞在していたことに気付いたのである。彼らはグループがこうしたホテルに選手たちを買収する現金を持って現れることも発見した。しかし、それだけでは終わらなかった。 こうしたジプシーと呼ばれる者達の一人が、現在逃亡中の元Chiasso FC選手のアルミア・ゲジックである。私達はスイスの小規模第二層リーグチーム、Chiasso FCが2008年には既にシンガポール八百長と関連していたことを発見した。そのシーズン中、チームのスポンサーのひとつはスタントン・テクノロジーと呼ばれる会社であった。重役の一人はエスワラモーシー・ピライと呼ばれる人物である。元シンガポール・ナショナルチームのゴールキーパーであったピライは過去に犯した八百長罪で有罪宣告を受けている。エスワラモーシー・ピライという名前は念頭に置くべき名である。彼はどのようにしてシンガポールのネットワークがヨーロピアンリーグに浸透したか私達が理解できるように手助けする予定である。私達は当時Chiasso FCの取締役で、スタントンとの取引があったことを認めたマルコ・グラッシに連絡をした。しかし彼はその約束された資金援助は彼のチームには届かなかったと主張したのである。

(写真) 国際指名手配されているシンジケートメンバー達

ジプシーと呼ばれる者達はシンガポールと継続的に連絡を取り合っていた。彼らのエージェント達は組織が八百長すると決めたゲームを先導する為に電話で会話を交換していた。ライオン・シティ(シンガポール)の人々はその堕落した選手たちにいくら支払うか、誰がその賄賂金を調達するかを決めるのだ。ゲーム開始の数時間前、そしてその試合の間、会話は承諾/賄賂された結果に集中する。イタリア警察は電話回線の向こう側の人物の一人を1954年4月29日生まれのタン・シー・エン、別名ダン・タンであると割り出した。

警察証拠はダン・タンがどのようにして2009年10月にはイタリア入りしていたかを表記している。その時タン・シー・エンはイタリアとスロバキア間、ゴリジア“カサ・ロッサ”の国境コントロール局で質問留めされていたのである。彼と一緒に車の中にいたのはジプシーと呼ばれている三人(一人のブルガリアン人と二人のスロバキア人)とチョー・ベン・フアットと呼ばれるもう一人のシンガポール人であった。

イタリア警察はチョー・ベン・フアットはタン・シー・エンに従事していた金運び屋だったと確信している。当局は2009年~2011年間にチョー・ベン・フアットが16回イタリアに足を運んでいたことを記録していた。ミラノでの彼の最終日、ライオン・シティに戻る飛行機に搭乗するほんの6時間30分前にチョー・ベン・フアットは空港内シェラトンホテルで他のシンジケートメンバーと会った。離陸時には彼の荷物は到着時よりも一キロ軽くなっていたのである。これは運んでいた現金の重さではなかったのか?

イタリアのSCO(Servizio Centrale Operativoの略)の調査員であるマルコ・ガルファロはその日なにが起きたのか確信している。“チョー・ベン・フアットはハンガリー人のシンジケートメンバーと交換した金を運んだのです。その組織は八百長を中心に回転しています。彼らの狙いは主にシンジケートが賭博をすることが可能なアジアのギャンブル場で確実な成果を収めることです。その組織のボス的存在はタン・シー・エンであり、彼の役割はグループの活動、どのチームに賄賂するかの選択、運び屋経由で金を送る、グループのために賭博を配置するといったことをコーディネートすることです”。2011年12月、イタリア警察はタン・シート・エンの国際指名手配を発行し、ジプシー達と共謀で八百長を行なった罪で彼を起訴したのである。

ダン・タンによって行われたシンガポール八百長の最初の形跡は2005年ボーフムのジャーマン・タウンで浮上した。現地検察官のアンドレアス・バックマンは赤線地区の売春組織が不正な金を賭博エージェンシーにロンダリングしている件を調査し始めていた。イタリアの検察官と同様、すぐに彼は国際八百長ネットワークにつまずいたことに気付いたのである。

今までに323名を取り調べ、340以上のスポーツ・イベントがドイツの検察官達の脚光を浴びることになった。バックマンはシンガポール蛇の末尾をドイツ、オーストリア、スイス、カナダ、ハンガリー、及び他の幾つかのヨーロッパ諸国の第一、第二層リーグゲームで見つけたのだ。その対象になった全てのゲームリストは公表されていないが、八百長ゲームにはチャンピオンシップ・リーグ、ヨーロッパ・リーグ、ワールドカップ予選、そして国際友好大会までもが含まれているのだ。ひとつのケースでは組織が実際にベルギーの第二層リーグチーム、UR Namurを買収したのだ。様々なエージェント達、そして国々で運営されている“組織支部”であるが、忘れてならないのは、そのグループの頭首がまたもやタン・シー・エンであると判明したことだ。

“別のヨーロッパ調査を行うために私達は情報を分け合うユニークな調査グループを形成しました。調査の結果、それぞれ違ったグループがヨーロッパ内で結びついていることを発見したのです。そして、その上に位置するのがシンガポールのグループです。それはヨーロッパで2007~2008年以来活動しており、2012年現在も活動中です”、とアンドレアス・バックマンは述べた。

又、このストーリーにはさらなるツイストが存在する。2011年2月、フィンランド国境管理当局はラジャ・モーガン・シェリアーというシンガポール人に疑いを抱き、彼を保留した。関係者によると彼は不正パスポートで旅行していたという。ライオン・シティ当局と情報交換を行い、指紋がその人物の正体を明らかにした:ウィルソン・ラジ・ペルマルである。

ペルマルのラップトップと携帯電話は差し押さえられ、調査が行われた。彼の携帯電話のコンタクト録は世界全域に及んでいた。警察はどのようにしてそのシンガポール人が選手たち、試合、及びフィンランドのフットボールクラブまでも操っていたのかを発見したのだ。しかし、彼のマスター・ピースは小人とトナカイ達が仲良く暮らすサンタクロースの町、ロヴァニエミにある小規模クラブのロップスであった。ウィルソン・ラジ・ペルマルは選手ラインナップの内9名に賄賂を行なっていたのだが、その内7名はザンビアの出身である。

ザンビア・コネクションはロップスの元ストライカーで伝説的選手であるエディ・サイレティを通じて確実なものにしていた。サイレティはザンビアでロップス・アカデミーを設立し、新しい才能を陣内に送っていた。少なくとも7名のザンビア人がそのフィンランドのクラブと契約を交わしている。その引き替えとして、選手たちは金のために八百長試合をするという彼らのパトロンの要求に同意するのである。

ロップスの選手たちはファイスブックで知り合った他のシンガポール人を通じてペルマルと知り合った。彼のファイスブック名はサイモン・メガダイヤモンドだ。2009年シーズンの終盤、メガダイヤモンドとペルマルは選手陣と会うためにロヴァニエミに到着した。その後、数カ月に渡り彼らはロップスの幾つかの八百長試合に必要な基盤を与えたのである。どうしてフィンランドで八百長が?なぜなら、フィンランドは夏にフットボールを行う数少ない国のひとつだからである。

(写真) ウィルソン・ラジ・ペルマル

2011年2月、ウィルソンが逮捕された時、彼はすぐに八百長を自白した。他の八百長シンジケート・メンバーにハメられていたと気付いたペルマルは更なるステップを踏んだ。彼はシンジケートの構造を暴露し、それぞれの異なるレベル段階を明らかにし、そして内部のからくりとそれに関わる名前を表に出したのである。 その賄賂調査を先導しているフィンランド調査局(NBI)のジュカ・ラッカラ調査長はウィルソン・ラジ・ペルマルから八百長シンジケート構造が描かれたスケッチを入手した。“組織はまるで会社のように構造されています。上位には、どの試合を八百長するか、賄賂にいくら支払うか、どこに彼の運び屋とエージェンシーを送り込むか、そしてどこに賭けを置くかを決定するシンガポール出身のボスがいます。賭けは主に中国で行われます。ボスの下にはブルガリア、スロバキア(2人)、クロアチア、ハンガリー、そしてシンガポール出身、計6人のシェアホルダー達が存在しており、ペルマルは自分がそのシェアホルダーの一人であると認めています”。

ウィルソン・ラジ・ペルマルはヨーロッパ警察と共同で活動しており、シンジケートの各シェアホルダー下にあるそれぞれの支部の活動を暴露している。彼は又、組織がそれぞれの八百長から稼ぐ額を供述しているのだ:リーグ、ゲームで違いはあるが、数千万ユーロから12~15ミリオンユーロまでが相場であるという。ペルマルは主格人物とする名前を挙げた:タン・シート・エンである。またもやである。

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