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シンガポール国産豚の食べ方 1話 | ばばあの決意。海外に行くまで

30歳超えても海外ではベイビー。

日本しか知らなかったババァが
ヤリマンへ変わる軌跡。

東南アジアは女を ビッチにする。

ばばあの決意。海外に行くまで 1

 

32歳になって、

 

今まで同い年の誰よりも楽しく充実した人生を送っている自信はあったけど、

叶えてない夢があることに気がついた。

 

それは海外で働くこと

 

英語は好きだったけどどうしても勉強ができなくて、

高校時代の成績は1に赤座布団といわれる、0に限りなく近い1だったり、

成績順にクラス分けされて席が決まってもブービーだった。

 

それでも英語でコミュニケーションをとることや本を読むことは好きで、

私の勉強方法は、その当時SkypeでSkype meという機能があり、それをonにしておくだけで、その時間にオンラインの方がひたすらに声をかけてくるというものだった。

 

ただ、エロイプと別名がある通り、初めましての後はひたすら下ネタ。

 

おかげで文字だけで男の人をイかせる能力を21にして身につけた。

 

それでもそこからSkype meという機能がアップデートによりなくなるまでの約5年、

 

暇なときはずっとパソコンの前でエロイプ勉強し続け、

一人暮らしの時はマイクを使って会話もしたりした。

 

初っ端からハァハァ言ってマイク使ってきたり、カメラつけていい?って聞いてくるやつは大抵既に勃起したバナナ🍌だけがアップになっており、

 

当時は外国人との経験はなかったけど、

 

その時点でいろんな色のバナナ🍌を目にしていて、そして大抵そういう人たちは自信をお持ちなので、かなりでっかいものも見慣れていた。

 

その時から私の頭は壊れていて、その後未だにバナナ🍌写真をみても周りはキモーいとかいうけど、私には日常的だった。

 

そんな夢をもちつつも、その時私には500万の学費ローンがあり、

毎月5万をローン会社に10年間返済しなければならなかった。

 

それは、要するに10年間仕事は辞められないということ。

祖父母は借りた当時とても心配した。

 

10年以内に結婚するだろうし、その時に旦那さんになんて説明するの!やめなさい!

理解のある旦那さんにお金を借りるし、私もパートでもして働くもん!!

 

20歳の心配はよそに、それが29歳になって返済を終えた。

 

一人で。

 

助け借りずに。

 

あれ?

 

そこで初めて私はスタート地点に立てた。

 

さて何しよう。

 

まず始めたのは一人暮らしだった。

稼いだお金は全部自分のもの。自由な時間を買おうとそのから2年一人暮らしした。

 

とても充実した、でも家族のありがたみもわかるとても貴重な時間だった。

そして、海外への挑戦を決めた。

 

つづく。

 

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